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[ASCII.jp 引用]

 人はなぜ表現するのだろう。
伝えたいことがあるから、表現したいものがあるから、伝えたい人がいるから、人々に見てほしいから、創造したいから、楽しいから、仕事だから、自己の存在の証だから──表現する理由は人それぞれ。

理由は何だっていい。表現することはそれ自体、とってもすばらしいことだ。



http://ascii.jp/elem/000/000/143/143988/

 著作権が得られるからとか、自分が死んだあとも50年間にわたって著作権に基づく収入が得られる可能性があるから、という理由で表現行為をする人が、どれほどいるだろう。
まして、著作権の保護期間が「著作者の生存中+死後50年」から「著作者の生存中+死後70年」に延長されることによって創作意欲が増すという人が、果たしてどれくらいいるのだろうか。

(社)日本文藝家協会や(社)日本音楽著作権協会(JASRAC)など16団体が「著作権問題を考える創作者団体協議会」を設立し、'06年9月22日、文化庁に対して著作権の保護期間を20年延長することを求める要望書を提出した。
延長が必要だとする論拠のひとつとして、保護期間を延長すれば創作者たちの創作意欲が増すことを挙げている

いまや著作権は国民全員の生活に深くかかわっており、権利者だけの問題ではない。
プロもアマもない。
誰もが著作物の著作者であったり、権利者であったり、利用者であったりする。
個人も企業も、たいがいこの三者の立場を併せ持っている。

いったん発生した著作権は著作者の生存中+死後50年間にわたって保護され続けるから、100年以上の長きにわたって存続することも少なくない。
だから、著作権制度を考えるときは、現時点での近視眼的な利害でなく、遠い将来の日本の文化、社会を展望することが必須なのだ。

折しも世は大公開時代。
人々が自分の表現を社会に向けて公開することが、格段に容易になっている。20世紀までは、一部の「プロ」のみが表現をパブリックに公開する手段を持っていた。
しかし21世紀は違う。ブログ、ポッドキャスト、写真やビデオのシェアリング。
誰もがわずかなコストで、世界に対して自分の表現を公開し、アイデアを発信する仕組みが整ったのだ。

これから100年の間には、ますます著作物の「相互利用」が進むに違いない。
そんないま、権利を拡大し、著作物の利用をしにくくすることは、現在そして50年後、100年後の国民に歓迎されるだろうか。

人が表現する原動力は何だろう。例えばいまや国内で数百万人が書いているというブログ。
権利が動機になっているブロガーはどれくらいいるだろうか。著作権が欲しくてブログを書いているとか、著作権の保護期間が20年延長されたら急に執筆意欲が増すという人はそんなにいるものだろうか。ほとんどの人は、著作権の存在など意識せずにブログを書いているのではないか。表現の原動力は、制度や権利ではなく、人間の本源的なクリエイティビティーなのである。

創作者にとって最も大切なのは、「自分がその表現をした」という事実、そしてそれを尊重する社会的評価だ。

 一方、「職業的著作者」にとっては金銭的収入も重要な要素だ。
著作権の保護期間を延長すれば、ますます著作者と無関係な人がその著作物からの収入を受け取る可能性が上がる。

 著作者にしてみれば、生存中の収入が確保されることのほうがはるかに重要だ。
自分が死んで数十年後の「権利」という絵に描いた餅より、創作の時点で経済的な厚遇を得られるよう、業界慣行を改善するといった方策を講じるほうがありがたいのではないか。

 その著作権法がこの大公開時代においてもなお「著作者」を十分に尊重し、再び流通業の保護に傾斜しすぎることのないよう、注意深く扱っていくことが大切だ。

http://ascii.jp/elem/000/000/143/143988/



まず、著作権を考える上で最優先に考えるべきなのはこの人が言うような未来人や相互利用を行うものに対して顔色を伺うことではなく、著作者自身のことを考えるべきなのではないかと思う。
それに日常的に誰もが行うことの出来る創作活動と、限られた人間に生み出すことの出来るものを同列に並べて著作を行う動機の分析、及び連帯感を感じられてもなんの説得力もない。

はっきり言ってプロとして商業的著作物を生み出している人たちは、保護期間や著作物に関連する収入を念頭に創作活動を行っているし、ブログやシェアリングを行っている人間は自分が行っている事に著作権やら保護期間などを関連付けた認識はほとんどないはずだ。(ご本人もおっしゃているが…)

保護期間が50年が70年に増える事で創作意欲が増すという人はいないだろうが、悪い気のする著作者も全くいないだろう。
著作権は本人の死後、通常の財産と同じように相続人に相続され、その家族などに権利収入などが支払われる。
自分の死後も家族に少しでも良い影響力を残してあげたいと誰でも思うはずではないでしょうか?
それは著作の初期衝動には無いにしろ、著作活動の中で創作活動の中に少なからず原動力となるはずだ。

確かに世の中は大公開時代といっていいほど流通などのインフラが一般個人の身近なものになっています。
便利なツールも幾多も生み出され、一億総クリエーター、総ディレクターといえるのではないでしょうか。
ただ、それらが全て著作物として認識されておらず昔と代わらずプロとアマは選別されている。

ただ、最後の
保護期間が上がれば著作者に無関係な人間がその利益を受け取る可能性があがり、そして創作の時点で経済的な厚遇を得られるよう、業界慣行を改善するといった方策を講じるほうがありがたいというところは全くもって賛成です。
自分は音楽業界に関する著作関連しか目の当たりにしていないですが、著作者に対して与えられている経済的な待遇は決して良いものではありません。
しかし、そのほとんどが著作者側に責任があります。
著作権に関する十分な知識をもっていないこともありますが、大公開時代となり、一般の方々はプロ顔負けのWEBマーケティング戦略を扱えたり、DIYというかあらゆることを自分で何とかしようとする人が少なくない中、著作者というものはそういった能力に乏しく従来の慣行に乗り込む方を期待する人が多いというのもあるでしょう。
特定の著作技術さえあれば、後は他の人が何でもやってくれるというような気概の人間、業界関係者にとっても一番扱い易い人間が著作活動のプロになって道具として扱われていくということです。

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